![]() | The Art of Excellence (1990/10/25) Tony Bennett 商品詳細を見る |
恋のときめきを歌う60男がいる。
もうずいぶん前の話だけれど、私がある歌舞伎俳優と仕事をしたときに、彼のリムジンに乗って品川の彼の自宅まで移動したことがありました。
その時に社内に流れていたのがこのアルバム。
リムジンの後部座席に持たれて世間話をしようとしたとき、突如トニーの「WHO DO PEOPLE FALL IN LOVE」がかかって会話を止めたのです。
「これって誰のアルバムですかね」
「トニー・ベネット」
歌舞伎役者は華やかな笑顔でそういって、「最高でしょ?」と付け加えました。
リムジンはキラー通りに差し掛かるところで、綺麗な夕方の街の景色とトニーのすこしかすれた歌声とマッチして、「トニーっていったいいくつなんだろう」と思ったものです。
わたしの知っていたトニー・ベネットという歌手は、フランク・シナトラの影に隠れていた存在で、イタリア系ジャズボーカリストで、ポップスにヒットがあって、すこししゃがれた声が魅力という以外、何も知りませんでした。
ジャズといえばもっとハードにスイングするボーカリストのほうが好みだったし、バラードならまたバラードでいい歌手は他にいると思っていたのですが、このアルバムを知って彼と向き合ってびっくり。これがいいんですね。
調べてみると、録音当時はすでに60歳でした。発売が86年で彼が26年生まれなので。
60歳?
色気があって、でも説得力があって、いい感じです。
ライナーノーツには、14年離れていたCBSに戻っての最初のレコーディングとあります。14年離れていたレコード会社と再度契約するというのは、奇跡です。ナンたってレコード会社は流行の産物、新しいことが大切な産業なので、60男と再契約を結ぶっていうのは、奇跡以外何者でもありません。
だからそれ自体、トニーの勝利なのです。
ああ、男として生まれたからにには、こんな風になりたいなと思ったものです。
私はそこまでの年齢ではないですが、友人に60間近の人間も多くいるので、会話はどうしたって一仕事終えた感が強くなります。一緒に酒を飲むと一番ループする単語が「定年」となります。
ああ、男って、定年がある意味人生の節目で、その前に「定年意識しだす年齢」と「定年なんて関係ねえ」という区分があって、多かれ少なかれ「定年」が人生の大きな区切りになるのでしょう。
トニーは違います。
ジャケットを見てください。「これからだ」という感じの顔をしています。
人間って何となく人生のピークを早いところに設定していると思いませんか。自分でピークを早く設定すると、そのピークまでは頑張れるんだけれど、その先ががたがたになってしまう。定年後の男達がそんな感じで、それまで会社という礎があったのがその土台を失って方向性をなくし、どうやって生きたらいいかわからなくなってしまう。
ひとつひとつ階段を上がってきた。そしてひとつひとつを自分のモノとして確実にしてきたって感じがします。
それがこのアルバムの1曲目、「WHO DO PEOPLE FALL IN LOVE」に表れている。
これはラブソングです。恋に落ちたときが最高、って歌です。恋のときめきを歌う60男がいる。「60歳で恋かよ」なんて言葉が聞こえてきそうです。60だって恋が出来るぜ、といわれているような感じがします。なるほど、リミッターをかけているのは自分自身であるってことですね。
60歳でパワフルってことのコツは、自分にリミッターをかけないってことじゃないでしょうか。そんなことが学べる、素敵なアルバムです。
羽島 亨
P.S.
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