![]() | ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー ジョアン・ジルベルト (2004/02/21) ユニバーサルミュージック この商品の詳細を見る |
今考えても行けなくてとても残念だったライブがある。
ジョアン・ジルベルトの2003年9月の東京公演がそれだ。
僕がジョアンを知ったのはスタン・ゲッツの「イパネマの娘」に入っているモゴモゴ言うような声の男性歌手としてで、女性歌手のほうはアストラッド・ジルベルトとしてすぐに僕のアイドルになったけれど、モゴモゴ言うほうは長い間、一体どうしてゲッツのあのアルバムの中に入っていたのか、その価値さえわからなかった。
その後、AMOROSOの「ベサメ・ムーチョ」を聞いて、「こりゃすごい歌手がいるものだ」と一気にファンになった。
トミー・リピューマがプロデュースするこのアルバムの中でもジョアンのもごもご言うような歌唱法は変わっていなかったけれど、そのもごもごぶりがエロ親父のつぶやきのように聞こえるのである。
つまり、セクシーなのだ。
その後、「声とギター」「三月の水」を聴いて、すっかりやられた。歌はエロくていいんだ。親父がエロクて何が悪い。それだけ濃い人生をあゆんできたということじゃ!
調べてみれば、この人、常人ではない。
ほとんどエキセントリック人生。
おぼっちゃん育ちなのに弁護士か医者になれという父親を嫌って家を飛び出し、リオで活躍していたコーラス・グループ、ガロータス・ダ・ルアに参加。しかしグループ行動というものができない性格で、リハーサルには遅れ、ライブも頻繁にすっぽかし、そのくせシルヴィア・テリスとの恋にうつつをぬかすなど、バンド活動などそっちのけの生活。ついにはガロータス・ダ・ルアも追い出されてしまいます。
その後生活に困って妹の住む南のジアマンチーナへ。そこで適度の湿気と密閉された空間をもつバスルームの音響が良いことに気がついた彼は、バスルームに一日中閉じこもって歌とヴィオラォンの練習に励みます。そして、新しい音とリズムの発見があった時だけ、それを家族に聞かせようとそこから出てきたそうです。こうなると奇人ですね。
自分の音楽を確立した彼はリオに向かいます。その時、時の人だったアントニオ・カルロス・ジョビンはジョアンがの素晴らしさを理解して、大物作詞家ヴィニシウス・モライス(この人、外交官でした。作詞をしたり映画を作ったりする外交官。カッコいいですね)と「想いあふれて Chega de saudade」を彼に歌わせ、静かに若者たちの間に広まって行きました。
成功した後の彼はリオの自宅からほとんど出ることはなく、気が向いたときにコンサートを行うらしく、ほとんど人前に出ない隠遁生活。CDも寡作で全部でオリジナルアルバムはスタジオ録音が11枚、ライブ録音が6枚。そのもっとも新しいものが、2003年東京でのライブ録音。
「ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー」
僕が行きたかったライブの実録です。
このライブ、すでに伝説になっています。
まず、会場が5時で開演が6時だったのにも関わらず、途中でアナウンスが入って、「開演時間が遅れていることをお詫び申し上げます。アーティストは、現在こちらの会場に向かっております。今しばらくお待ちください」と放送があったそうです。それを聴いて観客たちは本当にジョアンを日本で聞けるんだと拍手。彼は何度もコンサートをすっぽかしていて、本当に聞けるのか半信半疑だった観客たちは、ジョアンの遅刻に怒るのではなくてむしろ喜んだのですね。
しかしですね、会場はジョアンの要望で空調が切ってあり、ものすごく暑かったとか。こうなるとSMの世界ですね。
この来日の際、ジョアンはフリーズを起こします。今はとても有名になってしまいましたが、パシフィコ横浜の会場でジョアンは観客からの拍手のあと、ステージの上でボー然としていたというのです。心筋梗塞か、と心配する観客をよそに(彼は当時72歳でした)ボー然は20分ほど続きました。その後、ちゃんとコンサートは続行するのですが、この空白の20分は一体何だったのか、横浜に実際行った友人が言いました。
「あれは、自分の音楽を理解してくれるあまりにも態度のよい観客に感動したジョアンが、感動して恍惚となったんだよ」と。
なるほど、僕にはわかるわけです。最高の演奏を自分でも出来て、最上の観客に囲まれた恍惚。
僕がレコードディレクターになって最初のヒットアーティスト、田原俊彦君の後楽園のライブで、集まった観客が「ジュリエットの手紙」がはじまった瞬間、みんなでテープを投げて、それが球場に屋根のようにかぶさってゆっくり下りてきたときのあの感動は、忘れることが出来ません。制作者冥利、アーティスト冥利につきるというわけでしょう。
でもですね、常人ではないのは、それが20分も続くわけです。
アーティストの要望で空調が切られ、汗だく。アーティストは1時間の遅刻。そしてその演奏が最高。拍手に感動して20分も恍惚状態のアーティスト。どうです、こんな素敵なライブ、いいと思いませんか。
ちなみに、かのマイルス・デイヴィスが言ったそうです。
「ジョアン・ジルベルトは電話帳を読んでも
美しく聞かせることができる」と。
ジョアン・ジルベルトの略歴
2000年、完全弾き語りによる『ジョアン 声とギター』を発表、
2001年度グラミー賞【ベスト・ワールド・ミュージック部門】を受賞
羽島 亨
P.S.
〜♪ 只今このブログは何位でしょう?
→

楽天で今日購入 → ジョアン・ジルベルト・フォー・トーキョー
P.P.S.
ブログの女王といえば眞鍋かおり
【表】作曲の王道
▲【裏】作曲の王道のトップに戻る







