【裏】作曲の王道 ジャズ & ポップス・レビュー

こんな音楽知ってる?あの「作曲の王道」のプロデューサーとアーティストが、(独断と偏見に満ちた)良質な音楽情報を紹介!

チェット・ベイカー / チェット・ベイカー・シングス

第19回 チェット・ベイカー / チェット・ベイカー・シングス
〜歯のないトランペッター


チェット・ベイカー・シングス チェット・ベイカー・シングス
チェット・ベイカー (2006/06/14)
東芝EMI

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私が高校生の頃、深夜のラジオから怪しげなスタイルを持つ女性ボーカリストの声が聞こえてきた。何といったらいいだろう。頼りなくて、ふわふわしていて、とても悲し気。

その女性ボーカリストは不幸を絵に描いたような歌唱で私を魅了しました。

間奏のトランペットもいい。マイルスみたいで、ちょっと吹いてちょっと休んで、まるでため息を聞いているみたいな気になる。

自分の不幸を他人にさりげなく語って、不幸を楽しむということ、ないですか。

「土曜日の深夜2時なら、チェット・ベイカーのマイ・ファニー・ヴァレンタインですね」

銀座のヤマハにいってボーカリストのコーナーでチェット・ベイカーを探したけれど見当たらない。当時僕がレコードを買うときにお世話になっていた沢さんという可愛いお姉さん店員に尋ねたら、レコード台帳を繰ってやっとのことで探し当ててくれたのがチェット・ベイカー・シングス。

ところがジャケットに女性ボーカルではありませんでした。

写っていたのは30台の髪の短い綺麗な男の人。絶対間違いだと思ったけれど、試聴してみたら、当たりでした。

とても悲しくて、しかも頼りなげで、人生を捨てているような歌。自分が不幸なとき、聴いてみてください。より一層不幸感を盛り上げます。

彼は西海岸のジャズマンで、トランペットの実力はチャーリー・パーカーにも認められ、1952年〜1953年にかけて彼のバンドでも活躍したことがあります。

あれですね、マイルスのコピーです。ちょっと吹いてちょっと休む。休んだところに何となく意味があるように感じるタイプ。

みなさんも意味ある人に見られたかったら、あまり喋らないことです。

彼のほかのアルバムを聴いてゆくようになると、才能あります。ジェリー・マリガンとやったカルテットもいいし、アート・ペッパーとの美青年クインテットもいい。

CTIでボブ・ジェームスとやった「枯葉」もいい出来。

とにかく雰囲気があります。言い過ぎない。たたずむ。これだけ寡黙なトランペッターはそうはいないでしょう。それがマイルスをも凌駕した人気に秘密でしょう。

先日、彼が東京でやったライブのDVDが出てみたけれど、形がとにかくいい。ステージの上に椅子をデンと置いて座り込んで、しわしわの顔でぎゅっと吹く。とても悲しげなフレーズがぴったり似合ってました。

でも、この人、本当のダメ男で、そのダメ男ぶりはドキュメント映画「Let's Get Lost」で公開されています。元嫁とかマネージャーとかが寄って集って彼のダメさぶりを喋ってます。一番がドラッグ。ずっと手が切れずにアメリカだけでなく海外公演先でも逮捕され、1970年にはドラッグが原因の喧嘩に巻込まれてトランペッターとして致命傷な歯を折られてしまいました。つまり彼は歯のないトランペッターです。存在自体が破滅ですね。

この間には生活保護を受けたりガソリンスタンドで働いていたりした後、かつてのライバル、ディジー・ガレスピーの尽力によりクラブ出演を契機に1975年辺りから活動拠点を主にヨーロッパに移して活動再開。二度来日しています。

しかし残念ながら1988年5月13日、チェットはオランダアムステルダムのホテルの窓から転落して死亡しました。 転落の原因は不明。

ドキュメント映画「Let's Get Lost」は彼の死後まもなく封切られ,アカデミー賞ドキュメンタリー部門にノミネートされました。

彼の歌い方に先日私がこのブログで書いたジョアン・ジルベルトがインスパイアされ、ボサノヴァ誕生の一因となったと言われているということを書いておきます。

羽島 亨

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  1. 2006/11/13(月) 09:00:54|
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ジョアン・ジルベルト / ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー

第18回−ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー / ジョアン・ジルベルト 〜エロ親父の恍惚〜

ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー
ジョアン・ジルベルト (2004/02/21)
ユニバーサルミュージック

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今考えても行けなくてとても残念だったライブがある。
ジョアン・ジルベルトの2003年9月の東京公演がそれだ。

僕がジョアンを知ったのはスタン・ゲッツの「イパネマの娘」に入っているモゴモゴ言うような声の男性歌手としてで、女性歌手のほうはアストラッド・ジルベルトとしてすぐに僕のアイドルになったけれど、モゴモゴ言うほうは長い間、一体どうしてゲッツのあのアルバムの中に入っていたのか、その価値さえわからなかった。

その後、AMOROSOの「ベサメ・ムーチョ」を聞いて、「こりゃすごい歌手がいるものだ」と一気にファンになった。
トミー・リピューマがプロデュースするこのアルバムの中でもジョアンのもごもご言うような歌唱法は変わっていなかったけれど、そのもごもごぶりがエロ親父のつぶやきのように聞こえるのである。
つまり、セクシーなのだ。

その後、「声とギター」「三月の水」を聴いて、すっかりやられた。歌はエロくていいんだ。親父がエロクて何が悪い。それだけ濃い人生をあゆんできたということじゃ!

調べてみれば、この人、常人ではない。
ほとんどエキセントリック人生。

おぼっちゃん育ちなのに弁護士か医者になれという父親を嫌って家を飛び出し、リオで活躍していたコーラス・グループ、ガロータス・ダ・ルアに参加。しかしグループ行動というものができない性格で、リハーサルには遅れ、ライブも頻繁にすっぽかし、そのくせシルヴィア・テリスとの恋にうつつをぬかすなど、バンド活動などそっちのけの生活。ついにはガロータス・ダ・ルアも追い出されてしまいます。

その後生活に困って妹の住む南のジアマンチーナへ。そこで適度の湿気と密閉された空間をもつバスルームの音響が良いことに気がついた彼は、バスルームに一日中閉じこもって歌とヴィオラォンの練習に励みます。そして、新しい音とリズムの発見があった時だけ、それを家族に聞かせようとそこから出てきたそうです。こうなると奇人ですね。

自分の音楽を確立した彼はリオに向かいます。その時、時の人だったアントニオ・カルロス・ジョビンはジョアンがの素晴らしさを理解して、大物作詞家ヴィニシウス・モライス(この人、外交官でした。作詞をしたり映画を作ったりする外交官。カッコいいですね)と「想いあふれて Chega de saudade」を彼に歌わせ、静かに若者たちの間に広まって行きました。

成功した後の彼はリオの自宅からほとんど出ることはなく、気が向いたときにコンサートを行うらしく、ほとんど人前に出ない隠遁生活。CDも寡作で全部でオリジナルアルバムはスタジオ録音が11枚、ライブ録音が6枚。そのもっとも新しいものが、2003年東京でのライブ録音。
「ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー」
僕が行きたかったライブの実録です。

このライブ、すでに伝説になっています。

まず、会場が5時で開演が6時だったのにも関わらず、途中でアナウンスが入って、「開演時間が遅れていることをお詫び申し上げます。アーティストは、現在こちらの会場に向かっております。今しばらくお待ちください」と放送があったそうです。それを聴いて観客たちは本当にジョアンを日本で聞けるんだと拍手。彼は何度もコンサートをすっぽかしていて、本当に聞けるのか半信半疑だった観客たちは、ジョアンの遅刻に怒るのではなくてむしろ喜んだのですね。

しかしですね、会場はジョアンの要望で空調が切ってあり、ものすごく暑かったとか。こうなるとSMの世界ですね。

この来日の際、ジョアンはフリーズを起こします。今はとても有名になってしまいましたが、パシフィコ横浜の会場でジョアンは観客からの拍手のあと、ステージの上でボー然としていたというのです。心筋梗塞か、と心配する観客をよそに(彼は当時72歳でした)ボー然は20分ほど続きました。その後、ちゃんとコンサートは続行するのですが、この空白の20分は一体何だったのか、横浜に実際行った友人が言いました。

「あれは、自分の音楽を理解してくれるあまりにも態度のよい観客に感動したジョアンが、感動して恍惚となったんだよ」と。

なるほど、僕にはわかるわけです。最高の演奏を自分でも出来て、最上の観客に囲まれた恍惚。

僕がレコードディレクターになって最初のヒットアーティスト、田原俊彦君の後楽園のライブで、集まった観客が「ジュリエットの手紙」がはじまった瞬間、みんなでテープを投げて、それが球場に屋根のようにかぶさってゆっくり下りてきたときのあの感動は、忘れることが出来ません。制作者冥利、アーティスト冥利につきるというわけでしょう。
でもですね、常人ではないのは、それが20分も続くわけです。

アーティストの要望で空調が切られ、汗だく。アーティストは1時間の遅刻。そしてその演奏が最高。拍手に感動して20分も恍惚状態のアーティスト。どうです、こんな素敵なライブ、いいと思いませんか。

ちなみに、かのマイルス・デイヴィスが言ったそうです。
「ジョアン・ジルベルトは電話帳を読んでも
 美しく聞かせることができる」と。

ジョアン・ジルベルトの略歴
2000年、完全弾き語りによる『ジョアン 声とギター』を発表、
2001年度グラミー賞【ベスト・ワールド・ミュージック部門】を受賞

羽島 亨

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  1. 2006/10/16(月) 09:55:43|
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YouTube動画−テイク・ファイヴ / ザ・デイヴ・ブルーベック・カルテット

第17回−ジャズ動画 テイク・ファイヴ / ザ・デイヴ・ブルーベック・カルテット



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ザ・デイヴ・ブルーベック・カルテット (2000/11/22)
ソニーミュージックエンタテインメント

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  1. 2006/10/04(水) 21:46:51|
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ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル / バド・パウエル

第16回−ジャズ ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル / バド・パウエル ぼくのスーパーヒーロー

ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル+2 ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル+2
バド・パウエル (2006/06/21)
ユニバーサルクラシック

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アメリカのコミュニティーカレッジに
通っていた時にぼくはいくつかの音楽のクラスを取っていたんだ。

そんなクラスがひとつ終ったときにぼくに話かけてきた男の子がいた。

髪はチリチリパーマのロングでキャプテンクックみたい。
でも、顔は東洋人。鼻がちょっと上を向いていた。
西洋と東洋の合作に失敗したような顔だった。

後から聞いたら小さい頃にペプシかなんかの
コマーシャルにスケートを滑る少年役で出てたらしいから、
日本人から見るとちょいブサイクだったけど、
アメリカ人には神秘的で魅力のある顔だったのかもしれない。

ずっと後になって知ったことだけど
実際、女性遍歴すごかったし・・・。

とにかく、お母さんが日本人。
でも自分は日本語しゃべれなくて日本語のクラスを取っているから、
勉強を手伝って欲しいとのことだった。

で、ジャズは好きかってぼくに聞いてきた。
興味はあるけど詳しくないって答えた。

だったら、家にくればジャズのCDやレコードがあって、
すごい高級なオーディオセットで聞かせてあげるよと彼は言った。

まあ、そんなこんなで、実際行ってみたんだけど、
確かに高級なオーディオセットだった。

日本の一般家庭じゃありえない大きさの
畳みたいな形をしたパネル型のでかいスピーカーがふたつ
どーんと家のリビングに置かれていた。
そしてでっかいアンプとレコードプレーヤーなんかも持ってた。

何百万円もするんだって言ってた。

楽器は何弾くんだって聞いてきたから、
ピアノだって言ったら、
じゃこれ聞きなよとバド・パウエルの
「ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル」を掛けてくれた。

絶句・・・。

ジャズなんてその頃はまだあんまり聞いてなかったから、
驚いたね。やっぱり。

いや、音がいいとかじゃなくて、すんげー速いんだよテンポが!

「ティー・フォー・トゥー」の速さははんぱじゃない。
こりゃ、やばいでしょう、完全なスピード違反。

こんなに速いテンポで即興できる人間が
この世にいるということにその時初めて気づいた。

しかも、ただ速いだけじゃなくてちゃんとメロディーが聞こえる。

人間技じゃない。

その日からぼくのジャズピアニストのヒーローはバド・パウエルと決まった。

そんなぼくのスーパーヒーロなんだけど、
悲劇のヒーローなんだよ。

ある日どういうわけか警官に頭を強く殴られちゃって、
彼はほぼ再起不能の傷を負っちゃうんだ。

それでも、なんとかある程度回復するんだけど、
フランスに移住するんだよ。

その頃のレコーディングもある。

聞くととても痛々しい。。。

もう以前の輝きが全部消えちゃってるの。

また、絶句。

あんまり悲しすぎるから、その頃のバドはあんまり聞かないようにしてます。

ところで、マイルズ・デイヴィスが自伝の中で言ってたけど、
バドはクラシック音楽に造詣が深くて、
バッハがどうのとかデビュッシーがどうのとか話ができるのは
ジャズが流行ってた当時バド・パウエルぐらいなだけだったらしい。

だからってわけじゃないだろうけど、
「バド・オン・バッハ 」というオリジナル曲を彼は書いてる。
日本語に訳すと「バッハを弾く俺」みたいな感じ。
あるいは「スイングするバッハ」みたいな感じかな。

まあ、バロックの時代のクラシック音楽は即興が流行っていたから、
ジャズとの親和性はものすごく高いということもあるんだろうけどさ。

ところで日本では「クレオパトラの夢」が流行って
バド・パウエルがちょっと有名にになったみたいだけど、
あんなスローな曲よりチャーリー・パーカーを
追い越そうとして情熱的に演奏する彼が好きです。

多くのピアニストが彼の影響を受けていて、
第10回で紹介したチック・コリア
彼の影響を受けたピアニストのひとりだよね。

バド・パウエルがジニアス(天才)なのはまちがいないよ。

あ、それから、「ジ・アメイジング・バド・パウエル Vol.1」
の「ウン・ポコ・ローコ」もぜひ聞いてみて。

本当にアメイジングだから。

このころのバドを聞くと、
ああ、俺のスーパーヒーローよ
永遠に輝きつづけてくれって気持ちになるんだ。

金田広志

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  1. 2006/10/02(月) 10:18:05|
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ユセフ・ラティーフ / EASTERN SOUNDS

第15回−ジャズ ユセフ・ラティーフ / スパルタカス愛のテーマ
あやしい東洋サックス吹き


Eastern Sounds Eastern Sounds
Yusef Lateef (2006/07/18)
Prestige/OJC

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ユセフ・ラティーフの「EASTERN SOUNDS」がタワーで売っていた。
何! 「EASTERN SOUNDS」?
こんなアルバムが再発されるのかと感心しつつ、購入。
何故買ったかというと、ずいぶん前に麻布のクラブで後輩たちと酒を飲んでいると、そこにかかっていたのがこの「EASTERN SOUNDS」。5曲目「スパルタカス・愛のテーマ」。

三拍子の美しいジャズワルツでメロディを吹いているのがオーボエに聞こえたものです。DJに問い合わせると、クレジットにテナーサックス、オーボエ、フルートとあるという。なるほど、マルチリード奏者なのね。

メロディが美しい。これはジャズだろうか?
ピアノトリオは完全にジャズやっているんだけれど(ピアノはあのバリー・ハリスだもん当然)、ラティーフのメロが出てくると、何かジャズに聞こえない。
ラベルの「ボレロ」とか「ダッタン人の踊り」とか、クラシック系の音楽を聴いている感じがある。端正で知的です。

その後、ラティーフを集めだしたら、意外や意外。例えばキャノンボール・アダレイのチームで吹いているラティーフは、ほとんど狂人。フルート吹きながら口でウンウンうなってます。
ツバ、ベロベロ。じょろじょろ。
そんなに力んで内臓まで出てしまうよというぐらい力んでました。
それもよくて、土着の暴力が炸裂するサックス吹きという感じ。
ま、トータルで、怪しいです。
でも、怪しいジャズマン大好き。
男は怪しくなきゃね。

「EASTERN SOUNDS」はまず各曲のタイトルがいいです。
「梅の花」です。
「東洋ブルース」です
「チャン・ミアウ」?
イカれたタイトルです。

一曲目をかけると、もう何の楽器かわらかない尺八みたいな音が飛び出して来る。尺八をポンポン叩いて演奏しているのかな、なんて感じです。これが東洋? それがカリプソ風なリズムの上にのっかって、やけに能天気なメロディを奏でています。ハリスとかはグリッサンド奏法を多様して、どう演奏していいのかわからない感じ。

最近僕は思うンだけど、ひとつの楽器を人生かけて習得するような真面目なタイプのミュージシャンもイイけれど、次から次へと楽器を変えていくようなミュージシャンもいいなって思うわけです。
それってどんどん会社を変えてしまうサラリーマンに似てませんか。

会社をどんどん変えてしまうから人脈は広がるし、いろいろ見えるし、違うところから意見を言える。僕の友達にもそういう奴、いたな。やけに世の中が見えている奴。
僕なんかずっと同じ会社に23年もいて、ずっと音楽していて、それで自分で会社を建てて、そこでも音楽して、というような音楽人生なので、社会というものをよく知っているその友達がうらやましかったかな。

奴がある酒の席で、言うわけです。
「会社って役割だからさ、自分の役割を会社に認識させた奴が勝ちなのよ」
「じゃ、おまえの役割は何なのよ」
「決まってるじゃないか。悪役」

奴は朝一番早く会社にいって、社長とかに他の社員が今何をやってるか告げ口するそうで、それが奴の一番重要な仕事と考えているという。
あいつは家建てた後に車買ったから、会社の金使ってるんじゃないかとか、営業部長は新入社員の女の子に手を出しているけどあれでいいのかとか、録音課の部長は外でアルバイトしているとか。
結構社長から信頼があついらしくて、それを自分の仕事と決めてみると、他の社員が奴を嫌うよりむしろ、「これ、社長に言ってくださいよ」といろんな情報をあげてきてくれるようになったと、奴は笑ってました。

ラティーフは同じサックスでテクニシャンのキャノンボールが信頼を置くためには、全然違ったところから玉を投げないと採用されなかったんでしょう。フルート吹いてウンウン唸って、コードにない音どんどん使って、リズムも外し狂って、他のミュージシャンが見えない位置を見つけて演じたンでしょう。

自分のアルバムでは東洋趣味を露骨にあらわして、他のミュージシャンでは出来ないような演奏をしてみせる。ニッチな人ですね。でも、多作です。つまり、アメリカで人気があったわけです。
「梅の花」とかいって、イカサマな東洋趣味を持ち出して、「でも君たち、こんなの好きでしょう? フジヤマに芸者ガール、いいでしょう?」なんて感じで人を煙に巻いてオーボエを吹いていた。

ただ、こうして彼の演奏を今聴くと、趣味がいいです。
あの日、僕がクラブで彼のオーボエを聴いたときに感じた「新しさ」がやはりそこにあります。何か、一芸に秀でた人の持っているおしつけがましさがないというか。どこかさわやかだったりします。

ジャズミュージシャンは、こうやっておけばジャズだよとかいう共通認識みたいのがあって、だからスィングのピーターソンのフレーズを耽美のティエリー・ラングが弾いちゃったりとかするんだけど、ラティーフにはそれがない。自分の役割はこれだという感じで、ジャズしない。
ジャズしないジャズマンが仕事だった人。

男たちよ、怪しく生きよう!

羽島 亨

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  1. 2006/09/26(火) 10:03:08|
  2. ジャズ
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